太陽の屋根裏部屋

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2004年 05月 31日

椎名林檎から東京事変へ

a0016852_214311.jpg椎名林檎、“東京事変”のバンドヴォーカリストとして活動開始!

ずっと彼女を追い続けてきたファンなら、とくに驚くニュースでもないのではないだろうか。

椎名林檎という人は、自身の作品に対して、また我々ファンに対して、とても誠実であり続けようとするアーティストだ。
出産にともなう活動休止以前の彼女は痛々しいほど、椎名林檎のパブリック・イメージに悩まされていた。
そのあまりに肥大化したイメージと、そのイメージを彼女に求め続ける大衆とのハザマで、彼女は“歌手・椎名林檎”を客観的に、しかも冷ややかに見つめるようになっていく。その結果、彼女は大衆が望む“椎名林檎像”に気づいてしまう。
並みのアーティストなら、それを拡大再生産して延命を図るところだろう。しかし彼女にとってそれは「死」を意味していた。それなら自ら椎名林檎を葬ってしまおうと考え、アルバムを3枚出して椎名林檎を「やめる」と宣言した。

この宣言は、当時かなりの衝撃をもってファンに受け止められた。僕もじつは半信半疑だった。というか信じたくないという気持ちが大きかったと思う。と同時に、自ら偽りの“椎名林檎像”を演じてまでファンを裏切りたくないという彼女の想いに感動したのも事実だった。なかなかこういう自覚的なアーティストはいない。

「本当にやめてしまうのだろうか」
やきもきしていたところへ突然、“妊娠、活動休止”のニュース。
当時は本当にビックリしたが、今振り返ってみると、彼女を取り巻く環境や、また彼女自身にとっても良いクールダウンになったことは間違いないと思う。
母親になり、以前のような“椎名林檎像”を求める世間の期待からも解き放たれた彼女は自由奔放に伸び伸びと新しい“椎名林檎の音楽”を生み出した。
彼女にとって3枚目のアルバム『加爾基 精液 栗ノ花』は、間違いなく彼女の最高傑作であり、歴史に残る名盤だと思う。

いろいろあって、あの時の「宣言」を忘れていた(忘れようとしていた)けれど、今回のニュースでついに実行されたことを知らされた。椎名林檎は忘れていなかったのだ。
昨年の11月にリリースされた『りんごのうた』の歌詞とビデオ・クリップで分かっていたはずなのに、やはりどこかで信じたくない気持ちがあったんだなぁと気づかされた。

東京事変。本当に素晴らしいバンドだ。
昨年のツアー“雙六エクスタシー”の京都公演での演奏には、心底感動した。
またあのバンドの演奏が聴けるのなら大歓迎だ。

椎名林檎は、一人で演ろうがバンドで演ろうが、あるいは名前を変えようが、そんなことで音楽性が揺らぐようなアーティストではないはず。
彼女はどこに身を置こうとも、必ず彼女にしか出来ない音楽を我々に届けてくれるはず。

僕はそう信じて、これからも彼女を一ファンとして見守り続けようと思う。



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by tai_yo | 2004-05-31 21:23 | 音楽


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